2008年03月31日
お疲れ様
今日で最後のアカデミー生たちへ
みんなと会えて感謝しています。
人は出会い、別れます。
別れることがあることがわかっているからこそ、出会うことの喜びがあるのだと思っています。
いろいろな道に進むみんながこの先に、アカデミーにいたことが役に立つと思ってくればいいなと願っています。
出会いは当たり前のことではありません。
感謝し、そしてまたここからそれぞれ始めればいいと思います。
いつでも困ったこと、つらいことがあったら相談してください。いつでも待っています。
ありがとう。頑張って!!
みんなと会えて感謝しています。
人は出会い、別れます。
別れることがあることがわかっているからこそ、出会うことの喜びがあるのだと思っています。
いろいろな道に進むみんながこの先に、アカデミーにいたことが役に立つと思ってくればいいなと願っています。
出会いは当たり前のことではありません。
感謝し、そしてまたここからそれぞれ始めればいいと思います。
いつでも困ったこと、つらいことがあったら相談してください。いつでも待っています。
ありがとう。頑張って!!
2008年03月31日
今日の練習
2008年03月26日
明日へ、強さを
神奈川県ジュニアが進んでいます。
気持ちの見れる試合、戦えている試合もあれば、そうでない試合もあります。
私のアカデミーに限らず甘さが目立ちます。
戦いには、勝つか負けるかしかありません。
引き分け、平らが一番良いといっても強者にに転ぶのが勝負です。
トーナメントはノックダウン方式。負けたらそれはすなわち死を意味します。
込められた思い、厳しい上で楽しもうとする鮮やかさが感じられないのはここが日本だからでしょうか。
勝つことを自分と約束し、できることをやっていく真摯さが持てるものはきっと人にも優しくできる強さがあるはずです。
私はみんなの願いをかなえることができると信じている。
ただ、願いを持ち続けることは実はとても厳しいことだと思う。
現実を見て弱さを受け止めた上で、それでもあきらめずに何年も何年も願い続け、行動できることができるものをチャンピオンと呼ぶのだと思います。
気持ちの見れる試合、戦えている試合もあれば、そうでない試合もあります。
私のアカデミーに限らず甘さが目立ちます。
戦いには、勝つか負けるかしかありません。
引き分け、平らが一番良いといっても強者にに転ぶのが勝負です。
トーナメントはノックダウン方式。負けたらそれはすなわち死を意味します。
込められた思い、厳しい上で楽しもうとする鮮やかさが感じられないのはここが日本だからでしょうか。
勝つことを自分と約束し、できることをやっていく真摯さが持てるものはきっと人にも優しくできる強さがあるはずです。
私はみんなの願いをかなえることができると信じている。
ただ、願いを持ち続けることは実はとても厳しいことだと思う。
現実を見て弱さを受け止めた上で、それでもあきらめずに何年も何年も願い続け、行動できることができるものをチャンピオンと呼ぶのだと思います。
2008年03月26日
27日の朝練
2008年03月25日
26日水曜日の朝練について 変更
2008年03月25日
26日水曜日の朝練について
8時10分より9時10分まで麻生でコート使用可能です。
ただし加藤コーチは試合観戦のためコート準備の後すぐ出かけてしまいますので、練習可能なアカデミー生同士で連絡を取り合った上で加藤コーチに携帯メールで連絡をしてください。
ただし加藤コーチは試合観戦のためコート準備の後すぐ出かけてしまいますので、練習可能なアカデミー生同士で連絡を取り合った上で加藤コーチに携帯メールで連絡をしてください。
2008年03月24日
本日のトレーニングについて
6時15分からトレーニングを行います。
なお、午後から雨が止みそうです。加藤コーチは5時くらいからクラブにいるので、来れる人は早めに来てテニスができると思います。
トレーニングの内容は
ストレッチ、股関節を中心に行います。
また、身体感覚を高めるためのトレーニング、体の力を抜くためのトレーニングも行います。
時間は1時間強の予定です。
なお、午後から雨が止みそうです。加藤コーチは5時くらいからクラブにいるので、来れる人は早めに来てテニスができると思います。
トレーニングの内容は
ストレッチ、股関節を中心に行います。
また、身体感覚を高めるためのトレーニング、体の力を抜くためのトレーニングも行います。
時間は1時間強の予定です。
2008年03月16日
アカデミー生とコーチとの約束について
今日アカデミー生と私の間に約束したことはなぜ必要なのかその意味を説明します。
今日私と約束したことは当たり前のことです。
挨拶をする、嘘をつかない、連絡をする、陰口を言わないなど当たり前のことです。
でも当たり前のことを当たり前にすることが最も難しい。
強くなるということは当たり前のことを当たり前にできるようになることを言います。
ボールを打つために構えをボールにあわせて作ることも、ポイントを取るために2バウンドさせないようにすることも、セカンドサーブを入れなければいけないことも、勝負するために当たり前のことですが実際できるようにすることは難しいでしょう?
今日交わした約束は最低限、人として、また選手として必要な当たり前のことです。
だからこれができないアカデミー生は私は選手とは認めません。
では当たり前のことがなぜ必要なのでしょうか?
それは当たり前のことが「本質」だからです。
戦いは常に自分との戦いです。
自分との戦いというのは、苦しくても「自分の中の正解」に自分の行動を合わせていくことを言います。
この「自分の中の正解」を自分自身の答えとして導くために「本質」を見抜く力が必要になるのです。
今まで何人の選手が「本質」を捉えられずに才能をつぶしてきたか私はその隣で見てきました。
本質から目を背け、自分から逃げて誰かのせいにして成長できなかった選手を何人も見てきました。
苦しみながらも自分自身の弱さや孤独と向き合わなければ本当に欲しいものは手に入れられません。
本質を捉え自分自身のやるべきことがわかっているのなら後はそれを行動に移す「勇気」があれば前に進むことができます。
逆に本質が捉えられず理解できないと同じ問題点をずっとぐるぐる回り続けることになります。
私があなたたちにできることは「本質」を捉えるためのヒントを与えること、そしてその「勇気」を持った背中を押してあげることです。私はそのためにあなたたちと同じように戦い続けています。
ざるに水を汲み続けるように、レストランでサービスされるようにアドバイスをして欲しいのならスクールに来ればいい。でもそのアドバイスがどんなに価値があるものでもその価値を理解しないものには意味がないのです。
アカデミー生はその意味を理解しようとするものであって欲しいのです。
今日の約束は本気であれば当たり前にできる当たり前の約束です。できていないと思うものは胸に手を当てて振り返ってください。
大目に見ることによって気づかなくてはならないことを気づかせてやれなかったことがありました。大目に見ることがあなた達のためにならないのならこれからは厳しく判断します。
私もあなた達に恥ずかしくない行動がよりよくとれるよう努力します。
後日、ご両親と約束したいこともお伝えします。
子供だけに厳しいことを要求するのではなく、私も含め子供の手本となるよう努力しなければいけないと思っています。
今日私と約束したことは当たり前のことです。
挨拶をする、嘘をつかない、連絡をする、陰口を言わないなど当たり前のことです。
でも当たり前のことを当たり前にすることが最も難しい。
強くなるということは当たり前のことを当たり前にできるようになることを言います。
ボールを打つために構えをボールにあわせて作ることも、ポイントを取るために2バウンドさせないようにすることも、セカンドサーブを入れなければいけないことも、勝負するために当たり前のことですが実際できるようにすることは難しいでしょう?
今日交わした約束は最低限、人として、また選手として必要な当たり前のことです。
だからこれができないアカデミー生は私は選手とは認めません。
では当たり前のことがなぜ必要なのでしょうか?
それは当たり前のことが「本質」だからです。
戦いは常に自分との戦いです。
自分との戦いというのは、苦しくても「自分の中の正解」に自分の行動を合わせていくことを言います。
この「自分の中の正解」を自分自身の答えとして導くために「本質」を見抜く力が必要になるのです。
今まで何人の選手が「本質」を捉えられずに才能をつぶしてきたか私はその隣で見てきました。
本質から目を背け、自分から逃げて誰かのせいにして成長できなかった選手を何人も見てきました。
苦しみながらも自分自身の弱さや孤独と向き合わなければ本当に欲しいものは手に入れられません。
本質を捉え自分自身のやるべきことがわかっているのなら後はそれを行動に移す「勇気」があれば前に進むことができます。
逆に本質が捉えられず理解できないと同じ問題点をずっとぐるぐる回り続けることになります。
私があなたたちにできることは「本質」を捉えるためのヒントを与えること、そしてその「勇気」を持った背中を押してあげることです。私はそのためにあなたたちと同じように戦い続けています。
ざるに水を汲み続けるように、レストランでサービスされるようにアドバイスをして欲しいのならスクールに来ればいい。でもそのアドバイスがどんなに価値があるものでもその価値を理解しないものには意味がないのです。
アカデミー生はその意味を理解しようとするものであって欲しいのです。
今日の約束は本気であれば当たり前にできる当たり前の約束です。できていないと思うものは胸に手を当てて振り返ってください。
大目に見ることによって気づかなくてはならないことを気づかせてやれなかったことがありました。大目に見ることがあなた達のためにならないのならこれからは厳しく判断します。
私もあなた達に恥ずかしくない行動がよりよくとれるよう努力します。
後日、ご両親と約束したいこともお伝えします。
子供だけに厳しいことを要求するのではなく、私も含め子供の手本となるよう努力しなければいけないと思っています。
2008年03月15日
スクールとアカデミーの違い
スクールとアカデミーの違いはどこにあるのでしょうか?
スクールは基本的に勝負していくことを求めません。
技術を教え、趣味、習い事の一環という上手くなりたいジュニアがやってきます。
アカデミーは強くなることが目的です。
強くなるということは心、体、技術すべてが互いに複雑に関連しあい流れを作りながら成長して初めて得られるものです。
残念ながら今の私のアカデミーは理想の状態には程遠いです。
私は、今まで自分の事を慕ってくれるジュニアたちを引き上げられるという自信を持っていました。
今でも技術、心、体のすべての面できちんとケアすれば時間はかかってもそのジュニアや親御さんの期待にこたえることができると思っています。
でもそれは強くなりたいと願うジュニア、強くしたいと願う親御さんがあってこそです。
上手く発揮できているジュニア、思いを共有することのできる親御さんは確かにいます。
でもそうでないジュニア、そう願わない親御さんも残念ながらいるように思います。
首都圏にはさまざまな選手育成を行うアカデミーがあり、親御さんや選手はよりよい物を求める傾向にあります。
不手際があるとどこのアカデミーもすぐに選手がいなくなってしまい、選手の奪い合いのような状態になっています。
私は2年前アカデミーを始めるとき覚悟を持ってこのアカデミーを開きました。
しかしふたを開けてみて自分を慕ってアカデミーに入った生徒はみんなかわいく、また金銭的な面でも辞められるのが怖かったところがあります。
その結果、最大公約数を取りすぎてしまい本当に強くなりたいと願う方たちの期待に応えられることが不安な状況になってしまいました。
春から平日の練習を17時半から19時45分と拡大することにしました。技術レベルが上がり練習量が必要になってきたからです。もちろん値上げはしません。私どもは金銭的に厳しい状態でアカデミーを始めたために最初から最善のものを提供できなかったことは申し訳ないと思っていますが、今後もよりよくできるよう努力していきたいと思っています。
私は他にいろいろな仕事をしていますが、それは綺麗事だけでは、思いだけでは選手育成ができないことを知っているからです。
ジュニアが世界に出て行くためにお金が必要なことを知っているからです。
できれば親御さんの金銭的な負担をできるだけ抑えて、家庭環境に関係なくやる気のある子供たちを、強くなりたいと願う子供たちにチャンスを与えたいからです。
この先テニスを通じて自分自身に苦しむ子、強くならねければ生きていけない子供たと思いを共有したいと思っているからです。私自身がテニスに助けられたように。テニスによって成長する子達を増やして行きたい。
プロになることや、世界に出て行くこと、全日本に行くことはその結果としてたまたまついてくることだと思っています。
これを期にもう一度皆さんの覚悟を問いたいと思います。
今、強いか弱いかは問いません。
技術レベルが高くないのはかまわないのです。
お遊びで来て雰囲気を壊すようなことがあって欲しくないのです。
強くなりたいジュニアたちの足を引っ張るようなことが、アカデミーの中で今現在あることが許せません。
私は、例え生徒が一人になってもそこからまた始める覚悟です。
とはいっても何か大幅に変えるということではありません。
4月からのアカデミーで約束していただきたいいくつかの点をプリントにして配布いたしますので、そこで約束できるかできないかを問おうと思います。
辞められることが怖くて言えなかったこともジュニアに伝えて行きたいと思います。
より良いものを提供していくために理解いただきたいと思います。
スクールは基本的に勝負していくことを求めません。
技術を教え、趣味、習い事の一環という上手くなりたいジュニアがやってきます。
アカデミーは強くなることが目的です。
強くなるということは心、体、技術すべてが互いに複雑に関連しあい流れを作りながら成長して初めて得られるものです。
残念ながら今の私のアカデミーは理想の状態には程遠いです。
私は、今まで自分の事を慕ってくれるジュニアたちを引き上げられるという自信を持っていました。
今でも技術、心、体のすべての面できちんとケアすれば時間はかかってもそのジュニアや親御さんの期待にこたえることができると思っています。
でもそれは強くなりたいと願うジュニア、強くしたいと願う親御さんがあってこそです。
上手く発揮できているジュニア、思いを共有することのできる親御さんは確かにいます。
でもそうでないジュニア、そう願わない親御さんも残念ながらいるように思います。
首都圏にはさまざまな選手育成を行うアカデミーがあり、親御さんや選手はよりよい物を求める傾向にあります。
不手際があるとどこのアカデミーもすぐに選手がいなくなってしまい、選手の奪い合いのような状態になっています。
私は2年前アカデミーを始めるとき覚悟を持ってこのアカデミーを開きました。
しかしふたを開けてみて自分を慕ってアカデミーに入った生徒はみんなかわいく、また金銭的な面でも辞められるのが怖かったところがあります。
その結果、最大公約数を取りすぎてしまい本当に強くなりたいと願う方たちの期待に応えられることが不安な状況になってしまいました。
春から平日の練習を17時半から19時45分と拡大することにしました。技術レベルが上がり練習量が必要になってきたからです。もちろん値上げはしません。私どもは金銭的に厳しい状態でアカデミーを始めたために最初から最善のものを提供できなかったことは申し訳ないと思っていますが、今後もよりよくできるよう努力していきたいと思っています。
私は他にいろいろな仕事をしていますが、それは綺麗事だけでは、思いだけでは選手育成ができないことを知っているからです。
ジュニアが世界に出て行くためにお金が必要なことを知っているからです。
できれば親御さんの金銭的な負担をできるだけ抑えて、家庭環境に関係なくやる気のある子供たちを、強くなりたいと願う子供たちにチャンスを与えたいからです。
この先テニスを通じて自分自身に苦しむ子、強くならねければ生きていけない子供たと思いを共有したいと思っているからです。私自身がテニスに助けられたように。テニスによって成長する子達を増やして行きたい。
プロになることや、世界に出て行くこと、全日本に行くことはその結果としてたまたまついてくることだと思っています。
これを期にもう一度皆さんの覚悟を問いたいと思います。
今、強いか弱いかは問いません。
技術レベルが高くないのはかまわないのです。
お遊びで来て雰囲気を壊すようなことがあって欲しくないのです。
強くなりたいジュニアたちの足を引っ張るようなことが、アカデミーの中で今現在あることが許せません。
私は、例え生徒が一人になってもそこからまた始める覚悟です。
とはいっても何か大幅に変えるということではありません。
4月からのアカデミーで約束していただきたいいくつかの点をプリントにして配布いたしますので、そこで約束できるかできないかを問おうと思います。
辞められることが怖くて言えなかったこともジュニアに伝えて行きたいと思います。
より良いものを提供していくために理解いただきたいと思います。
2008年03月14日
本日の練習
2008年03月01日
ラケットとひとつになる
長いことテニスしてきたが、ひとつの考え方の転換をした。
今までラケットをコントロールする技術を試行錯誤してきた。
でも、違うことに気づいた。
自分がラケットをコントロールするのではなく、ラケットの動きに自分が合わせれば、ラケットがそれに応えてくれる。
ラケットが動きやすいように、自分の体の違和感を消していくことの結果、自然にラケットが自分の意思をボールに伝えてくれるというような感覚が残った。
自分が支配してやろうなんて自分勝手だったのかも。
ラケットに遊んでもらう。
科学的にいうとコーディネーション能力みたいなことになるのだが、それだけでは説明がつかない。
自分がテニスが好きだけでなく、好きだからテニスに好きになってもらうようにするのだ。
ラケットとボールが流れる中、自分はそれに合わせていく。
子供たちとテニスをするとき、いつも目線は同じになっている。子供と同じ視線だから彼らは話を聞いてくれる。
テニスというひとつの事象も同じことだったんだと思った。
今までラケットをコントロールする技術を試行錯誤してきた。
でも、違うことに気づいた。
自分がラケットをコントロールするのではなく、ラケットの動きに自分が合わせれば、ラケットがそれに応えてくれる。
ラケットが動きやすいように、自分の体の違和感を消していくことの結果、自然にラケットが自分の意思をボールに伝えてくれるというような感覚が残った。
自分が支配してやろうなんて自分勝手だったのかも。
ラケットに遊んでもらう。
科学的にいうとコーディネーション能力みたいなことになるのだが、それだけでは説明がつかない。
自分がテニスが好きだけでなく、好きだからテニスに好きになってもらうようにするのだ。
ラケットとボールが流れる中、自分はそれに合わせていく。
子供たちとテニスをするとき、いつも目線は同じになっている。子供と同じ視線だから彼らは話を聞いてくれる。
テニスというひとつの事象も同じことだったんだと思った。